ハッピーアンバースデー

今今、愛を知るところに、それはそれは息を飲むほど美しい、そんな人になりたかったとボヤくだけの若い女がおりました。

その女は奥の方の村で暮らしていたので、皆からオクムラと呼ばれ、それなりに慕われていました。


オクムラは、数人に1人の確率で発症し、それに当てる薬は無いという重〜い病気、「男性恐怖病」にかかり、長い間ひどく苦しんでいました。


「彼氏が出来ない」という二次障害にも悩まされていたある夏の日、村でブイブイ言わせている友人の誕生日に、オクムラはなんと、ホストクラブという未知なる世界へ足を踏み入れたのです。
そこはまさに騙し絵を抜けた先のシャングリラで、オクムラの「男性恐怖病」にも、ちょっとだけ回復の兆しが見えました。


その後も、村でブイブイ言わせている友人に連れられて、オクムラは色々なところへ足を運びました。
メンパブ、オカマバー、クラブ。
オクムラの心の貞操観念もだいぶストロングゼロに向かってゆき、朝まで飲み明かしたあの夏の日々はかき氷色に染まりました。
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時はちょっとだけ進み、街を歩けば金木犀の香りが漂ってきそうなその季節、20年間自覚するにも億劫だった「人肌恋しい」気持ちがキャパオーバーしてどっと溢れ出た結果、友人に連れられて行ったバーで初対面の兄ちゃんと鬼絡みしてしまい、それがきっかけでその兄ちゃんと付き合い始めることになったのです。



そう、オクムラにもとうとう恋人が出来ました。新たな黒歴史の開幕です。やっちまった電鉄。



恋人が出来たのは良かったのですが相手も人間なので、言って欲しい言葉を言って欲しいタイミングで投げかけてくれる訳では無いことを、オクムラは最近知ったようです。


「大丈夫だよって言って」とお願いしても「どう考えたって大丈夫じゃないから大丈夫だよなんて言わない」と言われたから、彼ってやつはよっぽど現実に忠実なんだろうな。と、遠い目をしてオクムラは語ります。

オクムラが己の顔面偏差値に涙を零しそうになる度、彼は「言っとくけど別にブスではないぞ」と言い、「いやそこは嘘でも可愛いって言ってくれや頼むから!!!!!!」とツッコむのももう何度繰り返したことかわかりません。



しかし彼がどれだけ現実に忠実でも、それが寧ろオクムラを救うこともあるようです。



オクムラは古着が好きで、「個性的だね」と言われてしまう格好をよくしているのですが、オクムラ味120%の服を着て会った日、「その格好、結構好きだよ」と彼は言ったのです。
あんなにも「個性的だね」って言われちゃうかと思っていたのに。



長い間オクムラは、人から愛されるには自分らしくいてはいけないと思っていました。自分らしいオクムラを好きな人が余りにも少な過ぎたから。
人から愛してもらえないのであればそこに価値など存在しないと、常に自分らしくない方を選択していた数ヶ月間は、まさに生き地獄でした。



オクムラはずっと、ずっっっと、「かわいい」女の子に憧れていたし、なりたかったけれど、そんな勇気も度胸も愛嬌も持っていなかったのです。「かわいい」女の子と同じ土俵に立ってそれを自覚してしまうのがどれほど怖いことか。
だから「かわいい」フリも出来ずに、人から愛されないで当然と思いながら生きるのもきっとしんどかったでしょう。


自分のためにしている筈なのに自分が失われていくような、自分を可愛がる一方で殺しているようなこの妙な違和感は、「その格好、結構好きだよ」なんていう好きな人の言葉を前に、弱々しく消えてゆきました。


そうなのか、好きな格好してもいいのか。
オクムラは救われた気持ちでした。




けれども、壁に掛かったカレンダーを新しいものに変えて3日が経つ明日という日に、オクムラもとうとう21歳になってしまうのです。

「かわいい」女の子が21歳になったら、どんな服をどんな風に着てどんな趣味を持ちどんなメイクをするのか、オクムラはまたも悩みました。
それに沿って生きてゆくのか、または自分の好きを追い求めるのか。



就職してOLにアップデートした古いダチが「若いうちしか出来ないから、風俗やって稼いだ方がいいのかなぁ」と放ったのを全力で止めたその裏で、現役風俗嬢だった眠れる昼の嬢が夜職を上がり、オクムラを取り巻く世界は混じりっけなしの真昼間になりました。
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思えば、「若いうちしか出来ない仕事」をしている友人がいたことで、「若いうちしか出来ないファッション」、「若いうちしか出来ない無理」について考える機会が他人より多かったのかもしれません。

自分がどれほど年相応に生きるか、ずっとずっと考えていたけれど結局何も変わらない、そうやってくすぶっていた時に素敵だと思い憧れている人を「年の割に」「痛い」と批判する声を耳にし、オクムラはひどく傷付きました。



思ったより世間は「かわいい」の呪いで、「かわいい」ハラスメントで、溢れかえっている。



オクムラにとって明日、1月3日は、「まだ経験が浅いから」と言い訳するのが一段と厳しくなる日です。

明日から、突然大人になれるわけでもないし、突然美人になれるわけでも、突然「かわいい」との戦いに圧勝できるわけでもないとわかっています。



けれども、メイク、ファッション、精神力、ありとあらゆる面で少しずつドットドットスラッシュしてゆけたら、きっと多くの愛を受け取れると信じて、ユニコーンを目指したい。
呪いとハラスメントを含まない、キラキラだけで出来た自分だけの「かわいい」を手に入れたい。

そしてあわよくば愛されたい。
もう一度言おう。
愛されたい。



アツイ思いを秘めたオクムラのドライアイは、全然ドライじゃないですね。




今今、愛を知るところに、それはそれは息を飲むほど美しい、そんな人になりたかったとボヤくだけの若い女がおりましたが、未来未来、愛を知ったのは若い女で、その頃にはもう、ボヤいてなかったならいいな。

「めでたしめでたし」

奥の村で暮らす若い女の物語がこの言葉で締めくくられますことを、今日も大蛇のようなロザリオで祈る。

2019年1月2日