プー太郎

 割と最近、あるところに、恋人と職を失った幸福な女が住んでいました。

 女は持て余した空白の時間を、YouTubeと書籍で塗りつぶしました。YouTubeを徘徊していると、ドンブラコ、ドンブラコと、2年前デビューしたばかりのジャニーズアイドルの動画が流れてきました。

「おや、これは大変に面白い」

 女は関連にあがる動画を片っ端から再生しました。そして、興味本位で動画を見続けた結果、なんと、そのアイドルをもっと知りたい気持ちでいっぱいになったのです。

「これはきっと、神さまがくださったにちがいない」

 愛、時間、ほどほどの金銭的余裕に好奇心を持て余した女は、大喜びです。勢い余ってコンサートのDVDを購入したことで覚悟を決め、ジャニーズという王道キラキラ男性アイドルを応援する、公式に許されたファンになりたいと、彼らがデビューした5月23日、晴れてファンクラブに入会したのです。

 新たな趣味を見つけたい欲はすくすく育って、やがて強い興味関心になりました。



 そしてある日、女が言いました。

「私、彼を正々堂々応援したいから、正社員の求人に応募しちゃったわ」


 応募先の病院から履歴書と職務経歴書を郵送するよう依頼のメールが届いたので、百円ショップへ出かけました。書類を準備する途中、3年前の証明写真に出会いました。

「女、3年前に撮った写真で一体何を証明するつもりだ?」
「そうだな、これが一般常識的に認められる3ヶ月以内に撮った写真と仮定すると、髪が人知を超える速度で伸びる、たいへん代謝のいい人間であると証明できるな」
「聞け、女。それでは落ちるぞ。頭のてっぺんと底辺をあわせ、800円を投入しろ。」

 女はプリクラの倍の価格で現実を突きつけてくる、とても親切な機械から六等分の真顔を受け取り、5キロほどの筆圧で書き上げた履歴書に貼り付けました。


 そうして、こんどは職務経歴書に出会いました。

「女、貴様は職務経歴書を書いたことが無いのか?」
「そうだ。書いたことも無ければ、書けるほどの経歴も無い。」
「それでは、前職での腰掛けの事務作業を一つ、ちょい盛りで書けばよろし。おともしますよ」


 そうしてこんどは、送付状に出会いました。

「このバカタレ女、送付状を同封せずに送るやつがあるか」
「そうだな。今回応募したのは一般事務の求人。常識人のフリでもするか」
「それでは、腰掛けのアルバイトながら前職では重宝されていたエピソードを一つ、軽めに書いてアピールしな。面接の機会をいただきたく……っと。おともしますよ」


 こうして、履歴書、職務経歴書、送付状の仲間を手に入れた無職の女は、ついに郵便局へやって来ました。



 郵便局では、ブラジル国籍の女性や耳の遠いヨボヨボのお爺さんが行列をつくって、手続き待ちの真っ最中です。

「女、ぬかるなよ。それ、かかれ!」

 お爺さんがものの数分で印鑑を紛失するトラブルに見舞われつつも、キラキラアイドルの彼へ向けたファンレターと面接関係書類を持って、行列に加わりました。
 200円以上かかった切手代には新手の詐欺かと思ったけれど、窓口のお姉さんに封筒を託すことに成功。

 とうとうやりきった女は、
「宴だ宴だぁ。最高だ、踊りてえ。」
と、手を挙げて喜びました。

 女は、書き慣れない正式な書類を完璧に準備し終えた開放感に、元気よく帰宅し、そそくさとコンサートのDVDを再生しました。応援する彼のパフォーマンスを見て大喜びです。


 そうして数日後、大して働く気も無いのに勢いで応募した病院から面接の日程を伝えられ、「これで働くことになってしまってもそれはそれでウケるな。うっかり採用されちまったらファンレターのネタにしよ」と、幸せにくらしましたとさ。



めでたしめでたし