未経験の方も大歓迎★

美容院で販売されているシャンプーというのは、とても地肌と髪にいいらしい。
市販のシャンプーとは成分が違うって、昔美容系YouTuberが言っているのを見た覚えがある。



君は、毎日使っているシャンプーに一体何が入っているのか気になって成分表を見たことがあるかい?

私が使っているシャンプーにはね、塩酸が入っているんだ。

この話をするとよく言われるのだが、塩酸から始まる名前の化学薬品なのではなく、本当に塩酸だ。

それを知って以来、私はますますこのシャンプーが気に入った。
"まるでタバコのよう"だと思ったからだ。



生きるということに関し前向きであるとは到底言えないが、しかし、自殺に賛成かと言われたらそうではない、どっちつかずでお馴染みの私である。

早急に自殺するのではなく、ゆっくりと、生きながらの、"タバコを吸う"という自殺行為に、まだ未成年だったあの時の私は憧れを抱いたものである。



塩酸の入った市販のシャンプーは、私の日常に潜んだ小さな小さな自殺行為だったわけだ。なんて素晴らしいんだろう、成分表を見た私は嬉しかった。





ここで質問。
小学生の頃隠れてつけてみた母親の口紅が今手元にあったとしたら、あの時と同じ気持ちでそれをつけることが出来るのであろうか?

答えはNOである。

それはきっと口紅をつけないという選択肢が、この歳になると無くなるからだ。選択肢が他にもある中で敢えてその行為を選ぶ、という時にだけ付いてくるオプションのようなものだったのだろう、あのわくわくするかのような感情は。





完結に言おう。あの時と違って母親が薬局で買ってくる市販の安いシャンプーを使う以外の選択肢が私には無くなった。私は塩酸入りの市販シャンプーなんてものには何も感じなくなり、ついにとうとう、タバコを買った。

たったの1ミリを、たったの一箱。


それでも手元のブルーベリーシガレットは、ゆっくりと自殺してゆきたい私の心を精算するのには充分な代物だった。





話を変えよう。

私は最近、スーパーでレジ打ちのアルバイトを始めた。レジ打ちと言っても、私が教わったのは"セルフレジのところに立っている店員"の仕事なのだが。

"セルフレジのところに立っている店員"の仕事というのは、やってみないと何をしているかわからないものだったので、簡単に説明しよう。




6台並んだレジ全てを見ながら、ケースの商品にはお買い上げシールを貼り、お客様が持参したカゴには印をつけ、アルコールの年齢確認、重量エラーの解除、両替、レジ袋の販売、セルフレジ利用方法の説明、電子マネーの利用方法説明、会計前の商品を入れるカゴが溜まる前に売り場入り口に移動させ、割り箸やスプーンが足りなくなったら補充する。



他にも、売り場のことを聞かれれば当然担当者に電話をかけ回答を仰ぎ、釣銭機が詰まればレジを開けてお金を取り出し、ダンボール用のガムテープが無ければ取りに行かなければならない。





書き出すと妥当であり当然な仕事なのだが、やってみると思いのほか大変なもので、「未経験の方も大歓迎★」なんてバイト募集の常套句を恨みに恨む。

帰宅すると何故か全身が痒くなり、頭の中でセルフレジの店員呼び出し音が鳴り響く上に、夢の中でも「少々お待ちください」を連呼しているの本当に面白い。時給は発生しないというのに。いや、勿論、当然のことなのだが。






「この子口答えするんだよ」
「まだそんなこと言ってんの」
「イライラするんだよ、ずっとそうやって言ってんの」
「甘えじゃなくて?」
「お前態度悪いな。言いつけるから。」
「あんたがバカだからだよ」
「顔じゃない?」
「気にすんなって」
「そんなこと誰も考えてないよ」
「細かいなあ」
「今の話ちゃんと聞いてた?」






「大変申し訳ございません。少々お待ちくださいませ。」


「少々ってどんくらい?五分?」


「大変申し訳ございません。少々お待ちくださいませ。」





「ほら、気にせず笑って」
「大丈夫。私なら出来るって。」
「上手に出来てるよ。」
「意外と仕事出来る方なんじゃない?」
「そんな時もあるって」
………
「甘えんなよ。」
「どう考えたって幸せなお前の人生を、不幸なものだと勘違いするなんて、いい加減にしろ」
「お前なんて本当に生きる価値がない」
「なんで生きてんの?」
「なんでこんなに慰めてやってんのにまだ落ち込んでんの?落ち込んだふりしてんの?」
「なんで出来ないの?」
………
「あ、またこの人苦笑い」
「あ、また人を困らせた」
「あ、また私余計なことした」
「あ、また私のせいで」





「「「大変申し訳ございません。少々お待ちくださいませ。」」」





私の頭の中では今日もセルフレジがフル稼動している。アテンダントの私は出ずっぱりで対応に追われ、「少々お待ちくださいませ」の連呼。



鳴り止まない店員呼び出し音は、時には過去に言われた他人の何気ない一言で、時には自分が自分を慰める言葉で、時には自分が自分を責める言葉で、1人しかいないアテンダント、本体の私は自分が次にやるべき仕事を考えなくてはならなくて、でもそれってみんながやっていることで、そう、誰もかれもが何気なくやっていることで、これもまた、当然のことだ。
夢の中で働いて上手に眠れなくたって、なんにも貰えないことと同じぐらい、当然のことだ。





私は"この世の当然のこと"と戦うのが得意ではない。いつだって"当然のこと"が強すぎて惨敗している。





只今のセルフレジ、大変混雑しておりますが、精算済みのお客様もいらっしゃいます。
「誰がお前なんて好きになるか、ブス」のお客様のみ…………精算済みのようですね。

あっ、あと、タバコを購入したことによって、「ゆっくりと自殺してゆきたい」のお客様も精算済みです。

ヘルプですか?これくらいの混雑状況、いつものことなので、大丈夫ですよ、呼ばなくて。





"この世の当然のこと"がただそこに居座っているというたったそれだけのことを書きおろすだけで、こんなにも「私大変なんです」みたいな、「私頑張ってます」みたいなブログになってしまうのが、"この世の当然のこと"の怖さ。



おかしいな、私達人間って、「未経験の方も大歓迎★」って募集された魂じゃなかったんだっけ。私って、本当に20年も生きてきたのかな。それにしちゃ情けねえな。



ピンポーン

あっ、今のも店員呼び出し音なっちゃうやつだわこれ。



「あんた、自分が情けないと思わないわけ?」



「大変申し訳ございません。少々お待ちくださいませ。」





「本日もご来店下さいまして誠にありがとうございます。業務連絡致します。業務連絡致します。
ルフレジ、ヘルプお願いします。」



「どうされましたか?」



「すみません、セルフレジが混雑してきたのでヘルプを…」



「あっ、そういう時は総務部に、ブログ更新お願いしますって伝えてもらえれば大丈夫です。」



「かしこまりました。ありがとうございます。」



「本日もご来店下さいまして誠にありがとうございます。業務連絡致します。業務連絡致します。
総務部、総務部、ブログ更新お願いします。ブログ更新お願いします。」